京都再起漫画家

商業連載終わって2年。再び連載できるまでの記録(日記)を書こうと思います

「意識」したら楽になってきた

現担当さんに変わって打ち合わせを進めていく。

ある日、「作品のベンチマークを設定して!」と言われた。

ベンチマークってなに!?!?!?

 

ベンチマークとは

何か新しい商品を企画するときに、すでにある競合・参考となる商品のこと。

それを自分の新企画/商品と比較して、本当に世の中に必要とされているのか、すでにやり尽くされてはいないかを意識・研究するのだ(自分解釈)。

 

なるほど。めっちゃ商品企画って感じする!(バカ)

そんなこと今まで言われたことなかったので、新しい風が吹いてきた感じがした。嬉しい。同時に、30歳近くまで意識できてなかった自分に恥ずかしくなる。

 

ベンチマークを設定せよ」…ってことは、めっちゃ作品知らないとじゃん!

わあー!きたー!神様ー!ここでこの試練なのですね!?

私は今まであんまり作品を摂取してきませんでした…

ここでそれが現担当さんにバレるのはめちゃくちゃ屈辱的&恥ずかしいです!

今まで努力(というのは、たくさん漫画や映画や本を読み観すること)してなかった自分が悪いんだけども!

 

こうなったら急いで漫画を摂取するしかねえ!

インストールという形だけはしていた各出版社の漫画アプリを開き、今取り組もうとしているジャンル(先生系、グルメ系)の漫画を調べてはつまみ食いしていった。

あとランキング上位の漫画とかも少し。

 

分析って…こういうこと…?

昔から「漫画・映画の分析の仕方!」みたいな話には多少触れてきたけども、まだ”その時の自分”は当事者になっていなかったので、まずよくわからなかった。

いっていることはわかっても「で、それが何?」みたいな思考に。。。

「その時々でしか刺さらない言葉」ってありますよねぇ。

そして、その時がきっと今なのだ。

 

世の中の漫画は計算されている

こんなことマジで今更気づいたの?と思われるかもしれないが、マジで今更気づきました。気づいたというか、なんとなくそうなのかしらとは誰かが言っていたので思っていたけど、自分の目で確かめたことはなかった。という感じ。

ちゃんと目的を持って(今の場合は「ベンチマークを設定すること」)、いろんな漫画を「”調べてみよう”という目」で見てみた、つまり「意識して」見てみたのは初かもしれない。

 

他の漫画を意識してみていくうち、「逆に自分は今までどうやって漫画を描いてたんだ?」と思うようになってきた。

手当たり次第に描きたいジャンル、描きたいキャラ、または描けそうなものを探して、それは最初のうちは楽しいかもしれないが、近年(もう数えてみると5年以上…?)苦しかった。

そんなに強い思いで描きたいものなんてないよ!どうすりゃいいんだ…何が正解なんだ…と。

 

そりゃそうだ!漫画を仕事にしている以上、博打打ちじゃないんだから。

「漫画は商品だ」と常々思っていたが、それは読んだ時の読みやすさ、わかりやすさ、クオリティ、とかの話以外にもあった。

 

”企画”じゃん…!

いやめっちゃ当たり前の話だけど…!有識者はこのことを言っていたのかー!笑

そりゃ今の他の競合他社を意識しないと、商品として売れないよね!

扇風機とか飲料とかだって同じじゃん!

やっとわかったぞー!!みんなの言ってることが!

 

「意識」したら楽になってきた

今までなぁんにも手綱のなかった漫画制作(主に企画段階)が、競合他社(「他の作品」と言うと急に自分の視野が狭くなるのであえて「競合他社」と言いたい)を意識することによってやるべきことや目指すべきことがわかってこんなにも楽になるとは知らなかった。

その上で、アイデア出しとかはもちろんウンウン唸ることもあるけど。

 

描くのみ!

頑張りヤス。

 

 

漫画のフィードバック

さて、新たな担当さんに連載想定の1話ネームを送ってみた。

この年末年始苦しんだ末の成果だ!

さっそく年明け一番に送ってきたことは褒めてもらえた。

 

フィードバック

  1. 作品としてフックとなるものがない(引っかかるものがない)=企画・アイデアがない
  2. 「ジャンル」がなんなのかわからない、というか無い
  3. 他の競合となる作品を私自身が意識できていない

 

一貫して言われたのは、

「1作目なら連載経験値としてやらせてみるか〜で、できるかもしれないけど、2、3作目ってなると、必ずヒットさせなきゃっていうのがあるから、それにしたらこれはちょっと厳しい」

なるほど、2、3作目ってそうなんだ。そうじゃないと博打打ちみたいなことになっちゃうからなんだって。商売だから博打打つわけにはいかないもんね。なるほどね。「ヒットさせたい」って思いが現われないとだめなんだな。

そうすると競合を意識しないといけなくなる。

「競合を意識する」には自分が何描いてるのか明確にわかってないと何が競合なのかさえわからないから、「ジャンル」を確定する。描くジャンルを決める。

その決めたジャンルの中で、新たな「アイデア」「企画」「フックとなるもの(特徴)」は何かを考える。

 

そういうことか。

 

私、自分が描きたいものは人同士がコミュニケーションとってる部分だから、そこを重視して色々描いてた。「青春もの」ってジャンルがあると思ってた。

でも「青春」って副産物なんだね。いやたしかに。なんで気づかなかったんだろ。

副産物じゃない主となるものこそが「ジャンル」であったのだった。

 

むしろジャンルがないのにある程度は面白く描けているのはすごいけど、って言われたけど、絶対ジャンルある方が描きやすいだろな、これ。

 

…過去にも同じようなこと言われていたメモを見つけた。

でもその時はわからなかったんだ。今この時点になってようやくわかったんだ。

そんなことばっかりだ。

まさに「再起」だ。

絶望からの立ち直り

(なんども書いちゃうけど、)またゼロからのスタート。

 

2025の年末は地獄な気持ちで過ごしてしまった。

新連載の企画を考えていたのだが全然思いつかない。三時間机に向かって考え続けて、しょうもないものしか出てこない。メモしてはそのつまらなさに絶句し、自分には新しい企画を考える才能もセンスもないのだ、一生このままだ、だって今までもそうだったしと絶望し、不安になり、涙。最悪。一周回って最悪って言葉が一番合う。

紅白が始まる前からそのダークネスな気分は生まれ始め、夫にも迷惑をかけてしまった。

泣きながら紅白を見る私に喝を入れてくれたりなんだり。

 

そんなような日々が五日間くらい続いた。参っちゃうから一日中ではなく、数時間机に向かうと、地獄の時間が訪れる感じだけど。

机に向かうのがいやで川べりを散歩した。近くに川があってくれてありがとう。妹や姉に電話した。姉妹がいてよかったあ。

 

そんなこんなで愚痴や弱音を身近な人に撒き散らして、それでも救われなくて「漫画描くのが辛い」で検索してみた。

結果的に、みんなそうなんだとわかり心はだいぶ軽くなった。

漫画家友達の「出産みたいなもんだからね…そりゃ苦しいよね」という言葉にも救われた(二人とも出産は未経験だけど笑)。

彼女も苦しくなったら星新一の言葉を見返すらしい。

 

『無から有をうみだすインスピレーションなど、

そうつごうよく簡単に湧いてわいてくるわけがない。

メモの山をひっかきまわし、腕組みして歩きまわり、溜息をつき、無為にすぎてゆく時間を気にし、焼き直しの誘惑と戦い、思いつきをいくつかメモし、そのいずれにも不満を感じ、コーヒーを飲み、自己の才能がつきたらしいと絶望し、目薬をさし、石けんで手を洗い、またメモを読みかえす。

けっして気力をゆるめてはならない。』

 

著名人でさえ自分と同じように絶望することもあるんだとわかってから、一気に気がラクになった。

不安は描くことでしかなくならないんだ。夫にも「なんで描く前から不安がって泣いてるんだよぉ!」と言われたし。

たしかに、まさに、描かないとマジで何も始まらんのだなーと、痛感したこの年末年始であったのでした。

 

 

「社会のために」ということ

連載会議に落ちて、ひしひしと痛感するのは「売れ筋がわからない」というフィードバックだ。

「売れ筋」=「おもしろどころ」「お金を払いたいところ」と言い換えられる。

 

新しい担当編集者とのやりとりをする中で、やはりそういうワードが出てくる。

そりゃ「人を楽しませる商品」を作っているので当たり前だよね。

 

漫画にウンウン言いながら10年、ここにきてやっと理解できてきた?ように思う。。。

社会のために漫画を描く。社会課題を解決する。

すごい大それたような言い方になってしまったが、小さいことだってなんだって社会に生きる人々の心の支えになってたり楽しみや生きがいになってたりするのだから、それと同じ。今度から意識するのはそういうことがいいのかもしれない。

かと言って、やっぱり”憶測”ではいけない。自分自身も真に求めているもの。それを解決してくれるような漫画。

 

…そんな大それたことじゃなくていい、というのはもう一回書いとこう。

 

まあでもそんな考えすぎず、頑張りやす。

再起スタートだ!

編集者さんとの繋がりが複数あるとき、どうやってその中から一人を選べばいいのか?

私は連載会議に落ちて、またゼロからやっていくという状況になったとき、その一人を決めるのに二週間くらい悩んだ。

 

戦友の言葉

「漫画が面白いか面白くないかも大事だけど、それ以上に“その編集者が担当している作家の中で、どれだけ優先順位を上げてもらえるか”が大事だと思ってる。

だから力をかけてくれた編集者のことは私も絶対裏切らないでおこう、と思う」

なるほどそんな考え方が。

確かに「いかに自分に対して時間を割いてくれるか」って、やっぱり伝わってくるものだしそれがモチベにも繋がるし、そういう意味でもめっちゃ大事だな。

優先順位高い作家になろう。

本当に諸々色々考え、一人の編集者に声をかけた。

 

と思ったら新たな試練…「年齢」というワード

その編集者とは久しぶりに一緒に仕事をする。二年ぶりくらい。

打ち合わせする中で、まず目標を立てた。

私は現在27歳。編集者さん曰く、

「この30歳手前くらいって世の中のヒット作を生み出してる人の大体の年齢なのね。だから一年以内くらいに連載始められるくらいの気持ちで行きましょう」

 

掲載デビューは少年誌だったが、連載デビューしたのは青年誌だった私にとって、「年齢」の話が出ることはなかった。むしろいつも自分は「若め」だったので、「若いですね〜」「若いのになんちゃらうんたら〜」と言われることしかなかった。

でも、もう「いい歳」であることに気付かされ、それなりに衝撃。

 

少年誌ってどんどん若い作家を育てていくから、こちらも負けじと食いついていくしかない。

二週間悩み抜いて自分から声をかけたので、見捨てられないように数日後、ネームは二本送った。

 

次の試練は…絵!(というか線!)

ネームは割とすんなり通してくれた。

が、キャラ表 ※を描いてみると、直しを3回食らうことになる。

※本番の原稿ではこういう風に絵(キャラ)を描きますよ〜という資料

 

「絵柄」への期待

実は私がお声がけしたのは、上記の戦友と同じ編集者。三人とも三人の仲を知っている。

そのため戦友と編集者が打ち合わせのとき、私の話になったらしく

「本気の絵柄で描いて欲しい、みたいなこと言ってたよ」とこっそり教えてくれた。

 

本気の絵柄というのはたぶん、「ちゃんとかっちりした絵」のことではなかろうか。

私は結構「ゆるめ」の絵柄なので。エッセイっぽい、というような…

なのでネームも「かっちりした絵」を意識して作った。

キャラ表も『チェンソーマン』を模写してみたりして、割とここには時間をかけた…

 

「線が雑に見えるのでもっと丁寧に描いてみてください」

 

なにっ!?めっちゃ意識したつもり… いや、確かにペンを動かすスピードはいつもの癖で速めだったかもしれない!

よく見直してみると確かに雑…っぽい?  

…いや、正直いうほどか?…わからん…

 

でもとりあえず描き直してみるか…

他の漫画家の、ペンを動かすスピードを真似てみる。ゆっくりじっくり丁寧に…

 

__うむむ、そういうことか。

 

下描き大事じゃんと気づく(遅っ)

私は下描きから線がズレるのは当たり前で、気にしてなかったけど、下描きからズレてはいけないじゃないか!

そんで下描きは”アタリ”くらいの意識だったけど、「かっちりした絵柄」だとそうはいかないじゃないか!ちゃんと下描き描かないといけないじゃないか!

 

め、めんどくせえー!!!_| ̄|○

 

絵ってこんなに、漫画ってこんなにゆっくり描かなきゃいけないもんなの?

私はサッと描いてサッと読まれてサッと捨てられる、そんな漫画像が根底にある人間なので心底衝撃だった。

(本当に、エッセイ向きかも笑)

 

まあでも、やっぱり丁寧に描くと見栄えはする。

やっと「商品」っぽくなってきたな、と少し嬉しくなる。

 

提出2回目

「髪の毛のベタ(黒)の塗り方と顔のパーツの位置が、古臭いかも」

 

な、なにーっ!!!!

「古臭い」!?

自分だけ時が止まってたようでこれは普通に作家としてショックだった!!

 

打ちひしがれながらも、今度はそんなに好きじゃないけど今時っぽい絵(=マジで失礼だけど「よくある絵柄」ってやつ)の漫画を模写してみた。

 

模写すると色々気づきがある。

「好きじゃない絵」と思ってたけど、細部の描写がめっちゃ意識されてる…この人、うまい…

 

「丁寧に描く」ってこういうことなんだな、と一つ目の課題にも新たな発見をしつつ、古臭さを直して再度提出。

「凄く良くなった!」と言ってもらえた。

ふぃー、ようやっとか…

てゆうか画業10年にして、今更ここかよ、自分。笑…

 

ペンか、PCか…

このキャラ表騒動(というほどでもないけど)で、いよいよフルデジタルにしようか本気で悩んだ。(今は線画だけアナログ→スキャン→PCでトーンや細かい修正作業をしている)

でもな〜、アナログのペンとインクで描けてる漫画家って、職人技を持ってるみたいでかっこいいんだよな〜!

データが消えるとかもないし。生み出したら現物がそこにあるし。

漫画原画展開催とか憧れるし。

練習を止めるにはまだ自分は若い。だからやっぱりアナログを突き通すことにした。

 

頑張りやすっ。

 

 

一年、連載会議に向けて頑張ってました。

ちょうど一年前から、新しく担当になってくれた編集さんと、「これはいいぞ」と思う主人公像を作り上げ、それに愛を持って向き合い、企画を考え続けていた。

 

そして先月末の連載会議に出したが、ダメだった。

実は連載会議に出すのは2回目ということもあり、そもそもこの企画自体、売れなさそうという超基本的な(&一番悲しい)理由で、企画自体が白紙となった。

 

ちょっと今の悲しい気持ちと、やりとりを振り返って反省すべき点と、それ踏まえたこれからどう漫画を描いていくか(?)を書いていこうと思う。そんなにちゃんとした構成になるかはわからんが…

 

企画白紙連絡を受けてのち、数十分間

とりあえず昼時だったので、作っていた回鍋肉を食べた。

でも米は食べる気にならなかったのか(自分の空腹のことなのにわからないくらいには困惑していた?)味噌味のついたキャベツと豚肉だけむしゃむしゃ食べた。

 

本当にショックだったのは、作業部屋の壁に貼っていたメモ書きを剥がす時。

「連載通ったら物語上で考えるべきこと」「キャラの詳細」などを書き記していた紙が、貼った自分の手によって片付けられていくのがなんとも惨めだった。貼ったの数週間前とかなのに。

 

その後もう一度、担当さんが送ってくれた連載会議のフィードバックを読む。

 

編集部員20数名の感想が書き連ねてある。そこで私は驚愕した。1回目の連載会議でもらったフィードバックよりも悪くなっているではないか。

 

「主人公たちにイライラしてしまいました」「前の方が良かった」

” 読んで楽しい娯楽としての漫画 ” にあるまじき感想が多数見受けられる。それじゃあダメじゃないか。読者を楽しませられなかった。そんな漫画を描いてしまった自分が惨めすぎる。なんじゃそれ。

 

主人公のキャラが愛おしくて、その魅力をより強く伝えたくて、数ヶ月の修正を重ねて2回目の連載会議に出したのに、これはどういうことなんだ。おかしいぞ。自信あったのに。

どこでこんな、盲目な漫画になってしまったんだ。担当さんと二人で盛り上がって「今回は自信ありますからね!」と言っていた時間はなんだったんだ。担当さんに不信感さえ抱いてしまえる。

 

…そして、この一年めちゃくちゃ密にやり取りしていた担当さんと、一旦さよならする(新しい企画のやりとりはしない)ことになって、急に友達がいなくなったような感覚に陥り、びっくりしていた。

 

 

「漫画家」と「担当編集者」としての相性が良くなかったかな

「相性」とか言い出すと他責にしてるみたいだがそうではない。側で私たちのやりとりを見ていた、私が信頼する夫もそう言うのだから多分そうだ。

そして「漫画家と担当編集者」という二人三脚で企画を作っていく関係には、こういうことは往往にしてあるので結構間違ってはない反省ポイントだと思う。

 

企画始動の発端として、漫画家である私がそもそも「描きたいものの形がつかめていない」状況だった。

まあこれも担当編集とその時点から一緒に考えていくケースは往往にしてあるので、別に特殊とかでは全くない。

 

良くなかったのは、私がそれにすがるようにして進んでしまったことだ。

結構グイグイとリードしてくれるタイプの担当さんだったので、それに甘えて・過剰に頼って・信頼しすぎてしまった、自信・自芯のない自分。

目上の、頭いい人(高学歴ならではの話す内容やスピードも頭良かった)に対して弱くなってしまう自分の性格(コミュニケーション能力)に対しての反省なのである。

 

そうですね、いいですねと、どんどん担当さんの提案・発案にのめり込んで、盲目になっていった感覚は今思うと、あれかなという心当たりがある。

「別にそれが描きたいんじゃないんだけどなあ、でもそれが私の漫画で出せる良さって言ってくれてるし、自分が気づけてないだけでそうなのかなあ」みたいな感じでうっすらモヤモヤ、自覚できてない感じ。渦中では、それがあまり良い兆候でないことに自覚するまでには至れなかった。

 

担当さんのお人柄は、歳も3つ上と親しみやすく、優しかったしマジで友達みたいな感じになれていた。

でも「漫画家」と「担当編集者」としての相性はそれには比例しないんだな。比例するとも思ってなかったけど。てゆうか、私が弱い(ダメになる)編集者のタイプがこれでわかった。言い方なんか悪くてすんません。

 

 

もう一つ。

 

担当さんは、めっちゃ熱意があって丁寧だった。本当にありがとうございますです。

考えていた企画が担当さんの好みに近かったのも大きいかもしれない。詰まるところがあると色々提案してくれたりした。

企画始動時点でそれはありがたく今も感謝しかない。こんな、「相性が良くなかった」とかほざいて書き連ねてるのが本当に失礼で申し訳の立たないことだとわかっている。

 

が、ごめんなさい、それも盲目の一因だったのかしらなどと思ってしまう、ゲスい人間です。。

担当さんがテンション高く、こっち行こーよ!と言うから私もついていってしまった感も二割、三割くらいある・・・

 

 

本当に、「自分芯持てよ」ってことに終止するのが、ここまで書いてわかる。

 

 

 

話はそれるが・・・

担当さんに感謝しつつ腹が立った部分が一つだけある。細かいコマ割りやセリフの感嘆詞まで直されたことだ。あれには参った、あれはムカついたなあ…笑 「感嘆詞や語尾は直さなくていいです」ってやっと言えた時はドッキドキ。本当は「直さなくていいです」じゃなくて「直さないでください」って言いたかったけど言えなかった。でも、優しくて頭がいい人なので、私が言わんとすることわかってくれたっぽい。マジで、できたお人柄や。。。

 

 

 

自信は無くさないよ

そもそも担当さんのLINEのテンションで、連載会議がもう終わったこと、そして結果がダメであったことなどはわかったので、電話をもらう数十分前に覚悟はできていた。

「ダメだったら他の雑誌にこの企画持ち込むかあ、どこにしようかな」と心の中で強がっていたくらい。

 

てゆうか・・・この企画ダメって言われてもなぁ、直しようがないんだよな。

1回目のものは伸びしろある感じが自分でもわかったけど、今回のは行き止まりな感じがするんだよな。自分の限界値?限界を決めたくはないけど、これはこれで完成してるんだよな。

 

これは担当さんも同意見だった。というか企画が白紙になったということは直しようがないということなので、(白紙にした)編集長のお墨付きだ。苦笑

雑誌の色にやはり合わない、ということでもあったので、他のところに持ち込んで良いよと言ってくれた。

 

しかし・・・悪化しているフィードバックを読んで、そんな気は毛頭なくなるというか、意味はないと見た。

 

 

ただ主人公のキャラクターが良いことには自信がある。企画初動くらいで描いた、そのキャラを描いた漫画、面白かったもん。

修正の方向を大幅に間違えたな。

ただ盲目になって修正の舵を間違ってしまった数ヶ月、ってだけだったんだ。

 

 

 

何もしてないと悲しいので、早速他誌の編集さんに連絡を入れた。

数週間前に新しい企画があると誘ってくれていて、こっちの連載会議の結果次第、という状況だったので。

 

今回の担当さんとの一年が実らなかったのは悔しいが(この間、漫画家というのはバイトでもしない限り無給なので精神的にキツイ)、まあそういうことも全然あるということで、はい、そうですねという気持ち。

 

担当さんにはめっちゃ感謝を伝えます。

 

 

続きとして、作品の内容に関する反省点を次の記事で書こうと思います!

 

 

 

日記

電話をもらう3日前、「連載会議通りました!」という担当さんからのLINE通知、というめちゃくちゃ実体感のある夢を見た。現実的すぎて、朝起きた時「本当か…?現実なのか…?(現実であってくれ…!)(担当さんとの連絡履歴を見て)………やっぱり夢か…」と、めっちゃくちゃ自分の脳に翻弄された。

その次の日は、連載会議の結果ではなく、担当さんが「これから連載会議です…!」「今(会議室の)机に着きました…!」と逐一連絡をくれるという夢だった。(いつ会議があるのか、聞かないとなぜか教えてくれない。私は作品に自信があったのであえて聞かなかった苦笑)

自分のペースでやる、てこと

しばらく自分の内面だけを見つめていた時期があったなと思う。

 

ところが他の人の漫画を読んでみると、やっと息ができた生物のようにパッと希望が見えてなんだか気持ちが軽くなった。

みんな自分のペースでやってるんだ。

 

そんな折、関西コミティアの通知がやっと届いた!

 

お金を払って出店するからには、新刊を出したい。しかも夫との共同人誌だからなおさら!

漫画家イベントの原稿(仕事)で、関西コミティアの原稿は危ないところだったが、夫の応援と過去の作品のリメイクということでなんとか完成した!

 

イベントがあると締め切りがあるからやっぱりめっちゃいい。

「自分のペースで漫画を描く」状態にかなりなりやすくしてくれる。

 

我が家では恒例行事になりつつあるので、今後も出続けたい。

 

コミティアの結果についてもまた書きます。